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最高裁判所第一小法廷 平成9年(オ)992号 判決 2000年3月09日

平成九年(オ)第九九二号上告人・同第九九三号被上告人

當山剛

平成九年(オ)第九九二号上告人・同第九九三号被上告人

やんばる農業協同組合

右代表者代表理事

比嘉正秀

右両名訴訟代理人弁護士

新垣剛

平成九年(オ)第九九二号被上告人・同第九九三号上告人

比嘉柳孝

右訴訟代理人弁護士

新垣勉

平成九年(オ)第九九二号被上告人・同第九九三号被上告人

仲田ウシ

右法定代理人後見人

小橋川米子

右訴訟代理人弁護士

鈴木宣幸

主文

一  原判決主文第一項を次のとおり変更する。

1  平成九年(オ)第九九二号上告人・同第九九三号被上告人やんばる農業協同組合は、平成九年(オ)第九九二号被上告人・同第九九三号上告人比嘉柳孝に対し、二一八〇万七二九八円及びこれに対する平成一二年三月一〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  右比嘉柳孝の右やんばる農業協同組合に対する共済金の代位請求のうち、その余の部分を棄却する。

二  原判決主文第二項中、平成九年(オ)第九九二号被上告人・同第九九三号被上告人仲田ウシの右やんばる農業協同組合に対する請求に関する部分(第二項2、5)及び右仲田ウシの右比嘉柳孝に対する請求のうち右仲田ウシが右やんばる農業協同組合に対して有する損害賠償額の支払請求権の確認請求に関する部分(第二項4後段、5)を次のとおり変更する。

第一審判決を次のとおり変更する。

1  右やんばる農業協同組合は、右仲田ウシに対し、七五六万二二三五円及びこれに対する平成七年一〇月一〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  右仲田ウシと右比嘉柳孝との間において、右仲田ウシが、右やんばる農業協同組合に対し、別紙交通事故目録記載の交通事故に基づく七五六万二二三五円の損害賠償額の支払請求を有することを確認する。

3  右仲田ウシの右やんばる農業協同組合及び右比嘉柳孝に対するその余の請求をいずれも棄却する。

三  平成九年(オ)第九九二号上告人・同第九九三号被上告人當山剛の上告を棄却する。

四  右やんばる農業協同組合の右比嘉柳孝に対する上告を棄却する。

五  右比嘉柳孝の右當山剛に対する上告並びに右やんばる農業協同組合及び右仲田ウシに対するその余の上告を棄却する。

六  右比嘉柳孝の右やんばる農業協同組合に対する共済金の代位請求に関する訴訟の総費用はこれを二分し、その一を右比嘉柳孝の、その余を右やんばる農業協同組合の負担とし、右仲田ウシの右やんばる農業協同組合に対する請求に関する訴訟の総費用はこれを三分し、その一を右やんばる農業協同組合の、その余を右仲田ウシの負担とし、右仲田ウシの右比嘉柳孝に対する請求のうちの右仲田ウシが右やんばる農業協同組合に対して有する損害賠償額の支払請求権の確認請求に関する訴訟の総費用はこれを三分し、その一を右比嘉柳孝のその余を右仲田ウシの負担とする。

七  第三項ないし第五項に係る上告費用はいずれも各上告人の負担とする。

理由

一  平成九年(オ)第九九二号上告代理人新垣剛の上告理由及び同年(オ)第九九三号上告代理人新垣勉の上告理由第二点について

原審の適法に確定した事実関係の下においては、所論の点に関する原審の判断は、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。趣旨は、独自の見解に立って原判決を論難するものにすぎず、採用することができない。

二  平成九年(オ)第九九三号上告代理人新垣勉の上告理由第一点について

1  本件は、自動車事故により死亡した被害者の相続人である平成九年(オ)第九九二号被上告人・同第九九三号被上告人仲田ウシ(以下「当事者参加人」という。)が加害車両の所有者である平成九年(オ)第九九二号上告人・同第九九三号被上告人當山剛(以下「一審被告當山」という。)に対して有する損害賠償請求権の一部につき債権差押及び転付命令を得た平成九年(オ)第九九二号被上告人・同第九九三号上告人比嘉柳孝(以下「一審原告」という。)が、一審被告當山に対して損害賠償金の支払を、平成九年(オ)第九九二号上告人・同第九九三号被上告人やんばる農業協同組合(加害車両について締結された自動車共済契約及び自動車損害賠償責任共済契約につき共済責任を負う者。以下「一審被告組合」という。)に対して共済金等の支払をそれぞれ求め、当事者参加人が、一審被告當山及び一審被告組合に対して損害賠償金の支払を求めるとともに、一審原告に対して当事者参加人が一審被告當山及び一審被告組合に対し右各債権を有することの確認を求めた事案である。

2  原審の適法に確定した事実関係の概要は、次のとおりである。

(一)  平成五年九月三〇日、別紙交通事故目録記載の交通事故(以下「本件事故」という。)が発生した。

(二)  本件事故により死亡した仲田肇(以下「肇」という。)の妻子全員が平成五年一二月に相続放棄の申述をしたことにより、当事者参加人(肇の母)が、肇の権利義務を単独で承継した。

(三)  肇が被った損害に関し本件事故と相当因果関係のある損害の合計額は四七五六万二二三五円(逸失利益二七三六万二二三五円、慰謝料一八〇〇万円、弁護士費用二二〇万円)である。

(四)  一審被告當山は、一審被告組合との間で自動車共済契約(以下「任意保険契約」といい、これに基づいて支払われる共済金を「保険金」という。)及び自動車損害賠償責任共済契約(以下「自賠責共済契約」といい、これに基づいて被害者に直接支払われる損害賠償金を「責任賠償金」という。)を締結していたものであるところ、本件事故後、自賠責共済契約に基づいて、肇の妻子に対し、その固有の慰謝料として六四四万五〇六三円の責任賠償金が支払われた。なお、任意保険契約の約款には、損害賠償金の額から自賠責共済契約により支払われる額を控除した額が保険金として支払われる旨の定めがある。

(五)  一審原告は、平成六年一〇月に、当事者参加人に対する確定判決を債務名義として、当事者参加人が一審被告當山に対して有する本件事故による損害賠償請求権のうち四〇〇〇万円についての債権差押及び転付命令を取得し、右命令は、同月二一日に一審被告當山に、同年一一月一日に当事者参加人にそれぞれ送達され、そのころ確定した。

3  一審原告及び当事者参加人の請求は、次のとおりである。

(一)  一審原告の請求

(1) 一審被告當山に対し、自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)三条に基づいて四四〇〇万円の損害賠償金(本件事故による四〇〇〇万円の損害賠償金と一審原告が本件訴訟の提起及び追行を弁護士に委任したことに伴う弁護士費用四〇〇万円との合計)及びこれに対する前記転付命令の効力が生じた後である平成六年一一月一二日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(2) 一審被告組合に対し、選択的に、(ア)任意保険契約所定の保険金の直接請求権に基づき、又は(イ)一審被告當山に代位して同被告が一審被告組合に対して有する保険金請求権を行使するとして、更に予備的に、(ウ)自賠法二三条の二の準用する同法一六条一項の責任賠償金の支払請求権に基づき、判決の確定を条件に四四〇〇万円及びこれに対する判決確定の日の翌日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(二)  当事者参加人の請求

(1) 一審被告當山に対し、自賠法三条に基づいて二五九〇万四九三七円の損害賠償金及びこれに対する本件事故の後である平成七年一〇月一〇日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(2) 一審被告組合に対し、自賠法一六条一項に基づいて二五九〇万四九三七円の責任賠償金及びこれに対する平成七年一〇月一〇日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(3) 一審原告に対し、当事者参加人が、一審被告當山に対して自賠法三条に基づく二三五五万四九三七円の損害賠償請求権を、一審被告組合に対して同法一六条一項に基づく二三五五万四九三七円の責任賠償金の支払請求権を、それぞれ有することの確認を求める。

4  原判決の内容は、次のとおりである。

(一)  一審原告の請求について

(1) 一審被告當山に対する請求(3(一)(1))を、四〇〇〇万円の損害賠償金及びこれに対する平成六年一一月一二日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で認容し、その余を棄却した。

(2) 一審被告組合に対する任意保険契約に基づく保険金の代位請求(3(一)(2)(イ))を、一審原告の一審被告當山に対する損害賠償請求訴訟に関する判決の確定を条件に一五三六万二二三五円及びこれに対する判決確定の日の翌日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で認容し、その余を棄却した。そして、一審被告組合に対する任意保険契約所定の保険金の直接請求権に基づく請求(3(一)(2)(ア))及び自賠法一六条一項に基づく請求(3(一)(2)(ウ))を棄却した。

(二)  当事者参加人の請求について

(1) 一審被告當山に対する請求(3(二)(1))を、七五六万二二三五円の損害賠償金及びこれに対する平成七年一〇月一〇日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で認容し、その余を棄却した。

(2) 一審被告組合に対する請求(3(二)(2))を、二五七五万四九三七円の責任賠償金及びこれに対する平成七年一〇月一〇日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で認容し、その余を棄却した。

(3) 一審原告に対する請求(3(二)(3))を、当事者参加人が一審被告當山に対して本件交通事故による七五六万二二三五円の損害賠償請求権及び一審被告組合に対して右事故による二三五五万四九三七円の責任賠償金の支払請求権を有することの確認を求める限度で認容し、その余を棄却した。

5  しかしながら、一審原告の一審被告組合に対する任意保険契約に基づく保険金の代位請求に関する原審の判断(4(一)(2))は、是認することができない。その理由は、次のとおりである。

原審は、任意保険契約の約款中に、損害賠償金の額から自賠責共済契約により支払われる額を控除した額が保険金として支払われる旨の定めがあることを前提として、本件事故による損害賠償請求権の額(四五三六万二二三五円)から、自動車損害賠償保障法施行令二条一項所定の死亡の場合の自動車損害賠償責任保険の保険金額(三〇〇〇万円)全額を差し引いた残額(一五三六万二二三五円)及びこれに対する遅延損害金の支払を求める限度で一審原告の一審被告組合に対する保険金の代位請求を認容したものである。しかしながら、前記のとおり、一審被告當山の締結した自賠責共済契約に基づいて既に肇の妻子に対して同人ら固有の慰謝料として六四四万五〇六三円の責任賠償金が支払われているのであるから、肇が被った損害に関して自賠責共済契約により一審被告當山に支払われる額は、死亡の場合の保険金額である三〇〇〇万円から右の六四四万五〇六三円を控除した二三五五万四九三七円となり、一審原告の一審被告組合に対する任意保険契約に基づく保険金の代位請求は、前記四五三六万二二三五円から右の二三五五万四九三七円を控除することにより算出される二一八〇万七二九八円及びこれに対する本判決確定の日の翌日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で認容すべきものである(一審原告は、上告理由書において、原審の認定した弁護士費用二二〇万円については全く触れていないので、当審としては弁護士費用の点は顧慮しない。)。したがって、一審原告の右請求につき、一審被告組合に対し、前記のような条件を付した上で一五三六万二二三五円及びこれに対する遅延損害金の支払のみを命じた原審の判断には、法令の解釈適用を誤った違法があり、右違法は原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。論旨は理由があり、原判決中右請求に関する一審原告の敗訴部分は、右の説示と異なる限度において破棄を免れない。以上によれば、原判決主文第一項は、右に従って変更することが相当である。

三  さらに、職権をもって検討すると、原判決中、当事者参加人の一審被告組合に対する責任賠償金の支払請求に関する部分(二4(二)(2))及び当事者参加人の一審原告に対する確認請求のうち当事者参加人が一審被告組合に対して有する責任賠償金の支払請求権の確認請求に関する部分(二4(二)(3))には、次のとおり法令の解釈適用を誤った違法がある。

交通事故の被害者の保有者に対する損害賠償請求権が第三者に転付された後においては、被害者は転付された債権額の限度において自賠法一六条一項に基づく責任賠償金の支払請求権を失うものと解するのが相当である。けだし、自動車損害賠償責任保険は、保有者が被害者に対して損害賠償責任を負担することによって被る損害をてん補することを目的とする責任保険であり、自賠法一六条一項は、被害者の損害賠償請求権の行使を円滑かつ確実なものとするため、右損害賠償請求権行使の補助的手段として、被害者が保険会社に対して直接に責任賠償金の支払を請求し得るものとしているのであって(最高裁昭和六〇年(オ)第二一七号平成元年四月二〇日第一小法廷判決・民集四三巻四号二三四頁参照)、その趣旨にかんがみれば、自賠法一六条一項に基づく責任賠償金の支払請求は、被害者が保有者に対して損害賠償請求権を有していることを前提として認められると解すべきだからである。そうすると、当事者参加人が、一審被告組合に対して、自賠責共済契約により支払われるべき死亡の場合の保険金額(三〇〇〇万円)から右契約に基づいて肇の妻子に対して支払われた六四四万五〇六三円の責任賠償金を控除した残額二三五五万四九三七円と弁護士費用二二〇万円との合計二五七五万四九三七円の責任賠償金の支払請求権を有するとした原審の判断は、当事者参加人が、一審原告に対して転付された債権額の限度で一審被告當山に対する損害賠償請求権を喪失した後においても、肇の妻子に対して支払われた分を除く責任賠償金の全額について支払請求権を有すると解したものといわざるを得ないから、右の原審の判断には、肇が被った損害に関する損害賠償請求権の額(四七五六万二二三五円)から一審原告に転付された債権額(四〇〇〇万円)を控除した残額(七五六万二二三五円)を超える額の責任賠償金の支払請求及び支払請求権の確認請求を認容した部分において、法令の解釈適用を誤った違法があり、右違法は原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。

以上説示したところによれば、当事者参加人の一審被告組合に対する責任賠償金の支払請求は、前記七五六万二二三五円及びこれに対する平成七年一〇月一〇日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で、当事者参加人の一審原告に対する請求のうち当事者参加人が一審被告組合に対して有する責任賠償金の支払請求権の確認請求は、右と同額の請求権を有することの確認を求める限度でそれぞれ理由があるが、その余は理由がないものとして棄却すべきである。したがって、原判決中右各請求に関する一審被告組合及び一審原告の敗訴部分は、右の説示と異なる限度において破棄を免れず、原判決主文第二項中右各請求に関する部分は、右に従って変更することが相当である。

四  以上の次第であるから、原判決主文第一項を本判決主文第一項のとおり、原判決主文第二項中当事者参加人の一審被告組合に対する責任賠償金の支払請求に関する部分及び当事者参加人の一審原告に対する確認請求のうち当事者参加人が一審被告組合に対して有する責任賠償金の支払請求権の確認請求に関する部分を本判決主文第二項のとおりそれぞれ変更することとし、一審被告當山の上告、一審被告組合の一審原告に対する上告、一審原告の一審被告當山に対する上告並びに一審被告組合及び当事者参加人に対するその余の上告は、いずれも理由がないので棄却することとする。

よって、判示三について裁判官藤井正雄の補足意見及び裁判官小野幹雄の反対意見があるほか、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

判示三についての裁判官藤井正雄の補足意見は、次のとおりである。

当事者参加人の一審被告組合に対する責任賠償金の直接請求及び一審原告に対するこれについての確認請求に関しては、多数意見の判示三の説示に同調するが、小野裁判官の反対意見にかんがみ、私の意見を補足しておきたい。

交通事故の被害者の保険会社に対する直接請求権は、保有者に対する損害賠償請求権を補完する役割を持つものであり、後者が消滅すれば前者も消滅するが、このことは、後者が転付命令により他に移転し被害者がこれを有しなくなったときも同様であると解すべきである(後者の任意譲渡の場合もまた然りである。)。被害者が損害賠償請求権を有しなくなった以上、それの履行を簡便に確保するための補助的手段である直接請求権を失うとしても、被害者に格別の不利益はない。もしそうでないとすると、被害者は、転付命令の効果として執行債権が消滅するという利得をした上に、直接請求で損害賠償額を取得するという、二重の利益を得てしまうことになる。また、被保険者である保有者の立場からみると、被害者が先に直接請求権を行使してしまった場合には、保有者が転付債権者に転付債権の弁済をしても、もはや保険会社から保険金の支払を受ける余地がないとう、甚だ不都合な結果が生じる。

反対意見は、多数意見の見解によれば直接請求権の差押禁止の趣旨に反することになるという。しかし、自賠法一八条が直接請求権の差押えを禁止するのみで、損害賠償請求権の差押えについて何ら言及していない以上、多数意見のような帰結にならざるを得ず、これが同条の下における被害者保護の限界である。反対意見のように直接請求と損害賠償請求権との併存を認めると、被害者による直接請求権の行使が先行したときは、被害者と転付債権者との間は不当利得の法理により調整を図る必要が生じるが、こうした事後処理を残すこととなるような解釈は採るべきではないと考える。

なお、当事者参加人の右各請求に対する認容額の算定について一言する。右認容額は、当事者参加人が一審被告らに対し原審の認定した弁護士費用二二〇万円を請求することができることを前提とするものである。しかし、当事者参加人は、その相続した損害賠償請求権のうち四〇〇〇万円を転付命令により失っているのであるから、この場合、当事者参加人につき相当因果関係に立つ賠償額として認められる弁護士費用の額は、逸失利益及び慰謝料の合計額四五三六万二二三五円から四〇〇〇万円を差し引いた残額五三六万二二三五円に対応するものでなければならないと考える。そして、私のこの考え方によれば、原審の認定した二二〇万円という額は、従来の裁判例から経験的に認められる算定基準に照らすと誠に不相当で、経験則に反するものということになる。しかし、一審被告らは、この点につき不服を述べていないので、当審としては、これを是正することはできない。

判示三についての裁判官小野幹雄の反対意見は、次のとおりである。

多数意見は、交通事故の被害者の保有者に対する損害賠償請求権(以下「損害賠償請求権」という。)が第三者に転付された後においては、被害者は転付された債権額の限度において自賠法一六条一項に基づく責任賠償金の支払請求権(以下「直接請求権」という。)を失うと解するのであるが、私は、右の見解には賛成することができない。その理由は、次のとおりである。

一  自賠法は、被害者の保険会社に対する直接請求権は差し押さえることができない旨を定め(同法一八条)、右規定を責任共済の契約に準用している(同法二三条の二)。自賠法一八条が直接請求権の差押え禁止したのは、交通事故の被害者の生活を保障するためには損害賠償金が現実に被害者に支払われることが必要であるところから、保険金の範囲内については、被害者がその損害のてん補を現実に受ける利益を被害者の債権者の債権回収の利益に優先させようという政策的考慮に基づくものと解される。

二  直接請求権は、損害賠償請求権の行使を円滑かつ確実なものとするために認められた権利であって、損害賠償請求権の存在を前提とするものであり、損害賠償請求権が弁済等により消滅した場合には直接請求権も消滅する(前掲最高裁平成元年四月二〇日第一小法廷判決参照)。そして、損害賠償請求権に対する差押えは禁止されていないから、損害賠償請求権に対する差押及び転付命令が確定すれば、損害賠償請求権は差押債権者に移転し、被害者は損害賠償請求権を失うことになる。しかしながら、直接請求権が損害賠償請求権の存在を前提とすることから、直ちに損害賠償請求権についての転付命令の確定により被害者が直接請求権を失うと解することはできない。すなわち、自賠法一八条の差押禁止の趣旨は、前記のように被害者の利益を差押債権者の利益に優先させることにあるのであって、もし多数意見のように損害賠償請求権の差押え、転付により被害者は直接請求権を失うと解するとすれば、差押債権者の利益を被害者の利益に優先させる結果となるが、そのような解釈は、直接請求権の差押えを禁止した法の趣旨を没却するものといわざるを得ない。確かに、損害賠償請求権が差押債権者に転付された場合には、転付の効果として、被害者は転付された債権と同額の差押債権者に対する債務が消滅するという経済的利益を受けるが、債務の消滅という利益は現実の財貨の移転を伴わない利益にすぎないから、被害者が右の利益を受けたことをもって現実に損害のてん補を受けた場合と同視することはできない。したがって、自賠法一八条の立法趣旨にかんがみれば、損害賠償請求権が差押債権者に転付された後においても、被害者はなお直接請求権を行使し得ると解すべきである。

三  このように解するときは、直接請求権と損害賠償請求権とが併存することとなり、右請求権がそれぞれ行使された場合の法律関係について困難な問題が生ずることは避けられない。しかし、このような事態が生じるのは、自賠法が直接請求権の差押えを禁止する一方、損害賠償請求権の差押えを許容していることによるものであって、やむを得ないものというべきであり、右法律関係についての問題は別途解決されるべきである。多数意見のように解するときは、交通事故の被害者の加害者に対する損害賠償請求権について差押命令と共に転付命令を取得することによって自賠法一八条の差押禁止の趣旨を潜脱することを正面から肯定し、同法一条の被害者保護の要請を捨象することになりかねない。

四  以上のとおり、私は、本件については、一審被告當山に対して有する四〇〇〇万円の損害賠償請求権が一審原告に転付された後においても、当事者参加人は、一審被告組合に対し、自賠責共済契約により支払われるべき死亡の場合の保険金額(三〇〇〇万円)から右契約に基づいて肇の妻子に対して同人ら固有の慰謝料として支払われた六四四万五〇六三円を控除した残額の二三五五万四九三七円の責任賠償金の支払を求めることができると解すべきであり、当事者参加人の一審被告組合に対する責任賠償の支払請求及び一審原告に対する責任賠償金の支払請求権の確認請求は、右の限度において認容すべきものと考える。

(裁判長裁判官遠藤光男 裁判官小野幹雄 裁判官井嶋一友 裁判官藤井正雄 裁判官大出峻郎)

別紙交通事故目録<省略>

上告代理人新垣剛の上告理由

一 原判決には、以下のとおり判決に影響を及ぼすべき重要な事項につき判断の遺脱または審理不尽の違法がある(民訴法三九五条一項六号)。

1 原判決の主文第一項1及び第二項123の内容は、以下のとおりである。

(1) 主文第一項1

控訴人やんばる農業協同組合は、被控訴人比嘉柳孝に対し、本判決中被控訴人と控訴人當山剛に関する部分が確定したときは、一五三六万二二三五円及びこれに対する右確定の日の翌日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

(2) 主文第二項1

控訴人當山剛は、被控訴人比嘉柳孝に対し、四〇〇〇万円及びこれに対する平成六年一一月一二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

(3) 主文第二項2

控訴人やんばる農業協同組合は、被控訴人仲田ウシに対し、二五七五万四九三七円及びこれに対する平成七年一〇月一〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

(4) 主文第二項3

控訴人當山剛は、被控訴人仲田ウシに対し、控訴人やんばる農業協同組合と連帯して七五六万二二三五円及びこれに対する平成七年一〇月一〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2 これら主文の根拠となる請求権は原判決の理由中に明示されているが、その関係を示すと左記のとおりとなる。

① 主文第一項1―被控訴人比嘉柳孝の控訴人やんばる農業協同組合に対する共済金請求債権

② 主文第二項1―被控訴人比嘉柳孝が控訴人當山剛に対して有する転付損害賠償請求債権

③ 主文第二項2―被控訴人仲田ウシの控訴人やんばる農業協同組合に対する自賠責共済請求債権

④ 主文第二項3―被控訴人仲田ウシの控訴人當山剛に対する損害賠償請求債権

3 ところで、原判決は、主文第二項3において、右④の請求債権が③の請求債権と連帯性を有することを認めている。しかし、判決理由中では連帯性を有する理由を明示していない。そのため、右②の請求債権が③の請求債権と連帯性を有するかについては不明確なままとなっている。

したがって、原判決のままでは、左記のような疑問が生ずることになる。

(1) 控訴人やんばる農業協同組合が、主文第二項2に基づき、被控訴人仲田ウシに対し、二五七五万四九三七円を支払った場合、控訴人當山剛の被控訴人比嘉柳孝に対する四〇〇〇万円の債務(主文第二項1)は右金額の限度で消滅するか。

(2) 逆に言うと、被控訴人比嘉柳孝は、控訴人やんばる農業協同組合が被控訴人仲田ウシに対し二五七五万四九三七円を支払った後においても、控訴人當山剛に対し、四〇〇〇万円全額を請求できるか。

4 控訴人やんばる農業協同組合及び控訴人當山剛としては、右記3(2)のような結論を容認することはできない。

5 このような疑問を残す原判決には、理由不備の違法があると言わざるを得ず破棄を免れない。

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